スコアフォーの歴史――50年以上前から、玉を4つ並べていた

ボードゲームには、長い歴史を持つものがある。
チェス。
将棋。
囲碁。
そして――
スコアフォー。
……急に庶民的になった。
しかし侮ってはいけない。
我が家で「団子」と「みたらし」と呼ばれているこの玉並べ、実は1960年代から続く、かなりの古参ゲームなのである。
今回は、そんなスコアフォーがどこからやってきたのか、その歴史を少しばかり掘ってみよう。
■ 始まりは1960年代のアメリカ
スコアフォー(Score Four)は、1960年代後半にアメリカで登場した立体四目並べのゲームである。
資料によって発売年には1967年と1968年の表記があるが、いずれにしても1960年代にはすでに商品として登場していたことは確認できる。
最初に商品化したのはFuntastic。
その後、Lakesideが「Score Four」や「Score Four Deluxe」として展開し、1970年代にも複数のバージョンが発売されている。
つまりスコアフォーは、ファミコンよりはるか昔。
まだ家庭にテレビゲームが当たり前に存在するようになる前から、
「玉を4つ並べて、スコア!!と叫べ」
と人々に迫っていたのである。
■ ただの四目並べではございません
スコアフォーの何がそんなに珍しかったのか。
それは、
立体。
普通の四目並べなら、盤面は平面である。
右。
左。
上。
下。
せいぜい斜め。
ところがスコアフォーでは、そこに高さと奥行きが加わる。
16本のピンが立った4×4の盤面に、玉を積み上げていく。
そして同じ色の玉を4個、一直線に並べる。
タテ。
ヨコ。
ナナメ。
そして立体ならではの、奥へ抜けていくようなライン。
つまり、
「見えているのに、見えていない」
という恐ろしい世界が始まるのである。
■ 「Score Four Deluxe」という名前
初期の海外版には、すでに**「Score Four Deluxe」**という商品が存在していた。
1967年のFuntastic版、そして1970年代にはLakeside版の「Score Four Deluxe」も確認できる。
この「Deluxe」版では、単純に先に4個並べて勝つだけではなく、最後まで玉を置いて、作ったラインの数で得点を競うルールも存在した。
つまり、
「四つ揃った!俺の勝ち!」
だけではなく、
「最後までやって、何本のスコアを作ったか勝負しようぜ」
という遊び方もできたわけだ。
ただの四目並べから、一歩踏み込んだゲームになっている。
■ そして1974年、日本へ
ここで我らがエポック社の登場である。
エポック社の公式「おもちゃの歴史」によると、
1974年――「スコアフォー」発売。
これが日本におけるエポック社版スコアフォーの大きな節目となる。
1974年といえば昭和49年。
日本ではまだファミリーコンピュータも発売されていない。
テレビゲームが家庭のお茶の間を席巻する、ずっと前。
そんな時代にエポック社は、
野球盤。
パーフェクトボウリング。
パーフェクション。
そして、
スコアフォー。
などを世に送り出していた。
ちなみにエポック社そのものも1958年創業。
第一号商品が、あの「野球盤」である。
つまり我が家のスコアフォーは、
昭和のおもちゃ文化のど真ん中からやってきたゲーム
なのである。
■ 我が家のスコアフォーを見る
そして、ここからがちょっと面白い。
我が家にあるのは、まさにこのエポック社の「スコアフォーデラックス」。
箱をよく見ると、英語で大きく、
SCORE FOUR Deluxe
と書かれている。
さらに右下にはLAKESIDEのロゴ。
説明書の下には、
© LEISURE DYNAMICS, INC.
の表記もある。
つまり、この箱を見るだけでも、スコアフォーが日本だけで生まれたゲームではなく、海外の「Score Four」の流れをくむゲームであることが分かる。
そして日本側には、
「エポック社のスコアフォーデラックス」
としてやってきた。
なんとも国際派である。
■ 説明書がまた昭和なのである
せっかくなので、説明書を読んでみる。
そこには、
「スコアフォーは平面だけでなく立体空間をも盤面として用いる全く新しい感覚のゲームです。」
とある。
いい。
実にいい。
1970年代の説明書には、
「全く新しい感覚のゲーム」
と堂々と書いてある。
さらに、
「小学生から大人まで年齢に関係なく楽しく競技のできる本格派ボードゲームの決定版」
とのこと。
決定版である。
かなりの自信である。
そしてスコアの種類も、
タテ・スコア。
ヨコ・スコア。
対角・スコア。
ナナメ・スコア。
ナナメ対角・スコア。
と、かなり細かく分類されている。
つまり当時から、
「立体だから、いろんな方向に4つ並ぶんですよ!」
というところを、このゲームの最大の魅力として売り込んでいたわけだ。
そして並んだ瞬間「スコア!!」と宣言することを忘れずに。
■ 1974年のゲームを、令和の我が家で遊ぶ
そして50年以上の時が流れた。
時代は令和。
スマホがあり、
インターネットがあり、
ゲーム機では美麗な3D映像が動き、
AIまで文章を書く時代になった。
そんな時代に我が家で、
木の玉を16本のピンに刺して遊んでいる。
しかも白玉と黒玉を、
「団子」と「みたらし」
と呼んでいる。
1974年のエポック社がこれを見たら、どう思うだろう。
「スコアフォーが半世紀を超えて遊ばれている!」
と喜ぶのか。
それとも、
「……団子?」
となるのか。
私は後者だと思う。
■ そして、ゲームそのものは今も変わらない
面白いのは、50年以上経ってもゲームの本質が変わらないことだ。
玉を置く。
相手も置く。
自分の4つを作る。
相手の4つを邪魔する。
それだけ。
ところが立体になった途端、
「自分の勝ち筋を考える」
「相手の勝ち筋を読む」
「さらにその先を見る」
という、なかなか恐ろしい読み合いになる。
そして我が家では、
「ここに置いて……フフフ」
「次でわしが揃いまっせ」
などと私がニタニタしている間に、
子どもが一手先に四つ並べる。
「はい。」
「…………」
「はい、それまでよ。」
50年以上の歴史を誇る立体戦略ゲームを前にして、父親がやっていることは昭和から令和まで何も変わらない。
調子に乗っていると負ける。
これもまた、ゲームの歴史なのである。
■ 半世紀を越えて残る理由
スコアフォーが面白いのは、ルールが古びないことだと思う。
説明は簡単。
玉を置くだけ。
でも、考えることは多い。
平面ではなく立体だから、同じ盤面を見ても人によって見えているものが違う。
子どもが大人を負かすこともある。
大人が子どもに、
「いや、今のは見えてなかっただけだから」
などと意味不明な言い訳をすることもある。
そして、
「もう一回!」
となる。
これが50年以上前から続いている。
ゲームの面白さというものは、案外こういう単純なところに残るのかもしれない。
■ スコアフォー、その歴史を眺めてみれば
1960年代にアメリカで生まれたスコアフォー。
Funtasticによって商品化され、その後Lakesideによって展開され、「Score Four Deluxe」などのバージョンも登場した。
そして1974年。
日本ではエポック社から「スコアフォー」が発売された。
それから半世紀。
今でも中古市場などで当時のものを見つけることができる。
そして我が家では、
白玉は団子。
黒玉はみたらし。
歴史あるゲームも、家庭に入ればその家庭なりの呼び名を持つ。
これもボードゲームの面白さなのかもしれない。
さて。
今日も団子とみたらしを並べるとするか。
ただし今度は、
ニタニタする前に、子どもの手元を見る。
50年以上の歴史から、私は何も学んでいないようで、ちゃんと一つだけ学んだのである。


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